not simple オノ・ナツメ

夜分遅くに失礼いたします。すっかり夜型になりそうな今日この頃です。

「本当に感じたいのは、もっと近くの人のぬくもりなのに」

読み進めていくとこの言葉が身にしみる作品です。

私は何でも長編ものが苦手でして常に一巻完結の面白い漫画はないかと探しています。『not simple』は少し前から気になっている一巻完結の漫画だったので今回ネタバレにも触れつつ感想を書いていきたいと思います。

内容を物凄く端的に言えば一人のツイて無い不幸な青年のイアンが人違いで殺されるという何とも悲しい話です。ただ、この作品はそんな誰が見ても辛い人生を送っているイアンに同情し共に運命を嘆き悲しむものではないと私は感じました。何故かというとこの作品はイアンの人生をあくまで客観的にいい意味で軽く書いているからです。更にイアンのキャラクターが何ともフワッとしていて掴みどころがなく、そこがまたとても魅力的なのです。度重なる不幸の連鎖に晒されながらも走ることを止めないイアンの事をとても大切に思っている人は確実にいて、彼の人生を不幸で最悪だったとはとても思えないのです。読後は決してスッキリはしませんが嫌な感じでも無く、時間をおいてじわじわと切なさや悲しみ等の感情が生まれるようでした。

 

下にガッツリネタバレ書きます

 

 

 

 

 

 

 

 

イアンをずっと見てその人生を小説にした男であるジム。彼はイアンを心の底から大切に思っていた一人だと思います。実際、ジムは小説でイアンが死んだ一年後に自殺すると残し、行方不明になります。イアンの人生を小説にし世に出したことへのけじめだったのでしょうか、私の勝手な考えは彼にとってのイアンは今の彼の全てだったのかなと思います。ジムはイアンが死にかけている現場に遭遇しますが助ける事はしません。それはイアンにとって今の世界が生きていく理由がないものだとジムが判断したからではないでしょうか。イアンは愛されたかった人に愛されず、会いたいと願った人にも会えず、しまいには人違いで殺されかけている。このまま生きていてイアンは幸せになれるのか、もう休んでも良いのではないかと読んでいるこちらも思わさせられます。ジムにとっての生きる理由がそんな最後までツイていないイアンの最後を看取り小説にする事なら小説を書き終えた時点でジム自身の人生も終わる。それがイアンへの愛なのか、執着なのか何なのか私にははっきりとは分からなかったです。

この作品はイアンに少し離れたキャラクターの方がイアンの事を大切に思っていたり親切にしている場面が多く出てきます。イアンが生きている世界は全てがイアンに対して残酷なものではなく優しさや愛を感じることも多くできます。ただ、イアンが本当に欲しかった愛は最後まで手に入る事は無く終わっていく。だからこそイアンがジムに言う「本当に感じたいのは、もっと近くの人のぬくもりなのに」が胸に刺さるのです。近くに居るから、家族だからという理由で愛が得られるわけでは無い現実をひしひしと感じさせます。

イアンの姉であり実の母であるカイリの結末はかなり衝撃でした。作中で最もイアンを愛し、守ってきたカイリ。イアンが父とカイリの子だと分かった驚きは凄かったです。しかし、今までのカイリや母の行動、言動が腑に落ちてきて納得する部分もありました。カイリはイアンと離れた後恋人が出来ますがその恋人がイアンの買春を斡旋していた男だと知ります。カイリは男を殺そうとし警察に捕まり、刑務所で風邪を拗らせ亡くなります。そんな事あります!?最悪な偶然重なりすぎだろ!と感情的になってしまう様な結末です。イアンは目標を達成出来たらカイリに会いに行くことを生きがいにして走り続けました。しかし、結局会えずしかもカイリが死んだ原因の根本が自分だという残酷さ。彼が最も感情的になるのがその事実を知る場面でした。それまでどんな不幸に見舞われようとも悲しみや怒りを感情的に出さなかったのでそこで彼も自分と同じ人間で多くの感情があることが分かり、ぎゅーと胸が締め付けられました。

 

ずっとずっと悲しい物語ではありますが暖かい部分もありずっと心に残る作品になると思います。イアンの不思議な笑顔を思い出して彼の人生に思いをはせてしまいます。